労働者が副業した場合の割増賃金支払い義務者は?
今後ますます増えてゆくであろう副業ですが、労働者の長時間労働を抑制するために労働基準法上特別の規制がかかっている点には注意が必要です。今回は、副業と労働基準法に基づく労働時間規制の考え方について解説していきます。
1.副業・兼業した場合の労働時間管理
労基法第38条第1項
「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関するする規定の適用については、通算する。」
労働基準法第38条第1項は、労働者が本業での労働に加えて副業先でも労働に従事した場合、その労働時間を通算しなければならない旨定めています。
ですので、例えばある労働者が同一日においてA社において8時間労働した後にB社で3時間の労働をした場合、法定労働時間8時間を超える3時間が時間外労働時間となります。そして当然ながら、この時間外労働3時間については時間外割増賃金の支払いが必要となります。
2.副業により発生した時間外割増賃金の支払い義務者
それでは、A社とB社のどちらが、労働者に対して割増賃金を支払わなければならないのでしょうか。
この点について、法定労働時間8時間を超えて実際に労働に従事させた会社が労働者に対して時間外割増賃金を支払わなければならないと誤解してらっしゃる方がいます。例えば、労働者が先にB社で3時間勤務した後さらにA社で8時間働かせた場合、法定労働時間8時間を超えて労働に従事させたA社が労働者に対する割増賃金の支払いをしなければならないというのです。
しかし、実は副業によって発生した時間外労働に対する割増賃金の支払い義務を負うのは、原則として「労働者と時間的に後で労働契約を締結した事業主と解すべき」であると考えられています(厚生労働省労働基準局編『平成22年版 労働基準法・上』労働法コンメンタール③[労務行政]530頁)。この考え方によれば、時間外割増賃金の支払い義務者は必ずしも法定労働時間を超えて実際に労働に従事させた会社というわけではなく、どちらの会社が「時間的に後」で労働者と労働契約を締結していたかにより決まることとなります。したがって、仮に労働者が先にA社との間で所定労働時間8時間の労働契約を締結した後、B社と所定労働時間3時間の労働契約を締結した場合、B社が時間外労働時間3時間分の割増賃金の支払い義務を負うことになります。時間的に後で労働契約を締結した会社は、契約締結に当たってその労働者が他の事業場で労働していることを確認したうえで契約を締結すべきであるため、このような取り扱いが妥当であると考えられているのです。
3.例外ケース
もっとも、常に時間的に後に労働契約を締結した使用者が時間外割増賃金を支払わなければならないというわけではありません。先に労働契約を締結していた会社の方が労働者に対して割増賃金を支払わなければならないケースもあります。
例えば、A社で4時間、B社で4時間働いている労働者がいたとします。A社が、この労働者は後にB社で4時間勤務することを知っているにもかかわらず、労働時間を延長した場合、A社が労働者に対して割増賃金を支払う義務があると考えられます(厚生労働省労働基準局編『平成22年版 労働基準法・上』労働法コンメンタール③[労務行政]530頁)。このような場合にまで時間的に後に労働契約を締結した会社に割増賃金の支払い義務を課すのは公平とは言い難いため、妥当な見解でしょう。
4.36協定の届け出について
労働者に時間外労働をさせる場合は、原則として36協定を所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります(労基法第36条)。
労働者が副業をすることによって時間外労働が発生する場合、原則として労働契約を後で締結した使用者が時間外割増賃金を支払う義務があることは先述しました。しかし他方で、時間的に先に労働契約を締結した使用者であっても、場合によっては時間外割増賃金を支払わなければならないケースも出てくるわけです。そのため、どちらの会社も36協定を労働者代表との間で締結して労働基準監督署へ届け出た方が無難であろうと思われます。